ネガティブ論

躁うつ病はなの頭の中を綴る日記ブログ。 ねこもりブログから来た方は、その落差に要注意。

ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。第5話。

贅沢な生活。
必要ない買い物。
過ぎた娯楽。
ギャンブル。
そして風俗。

表情を変えないよう、顔に力を入れた。
怒りなのか、苛立ちなのか、悲しみなのか、軽蔑なのか。
湧き上がっている衝動が何なのか、自分でもわからなくなっていた。
ゆたかくんはこの春で35歳になったはずだ。
なのに、なんだこの頼りなさは。
彼は、聞かれなければずっと黙ったまま自分から何も話そうとはしない。
この借金も、今お金を借りに来たことも、私に放り投げたままただ黙って次の指示を待っている。

「お父さんとお母さんに、話すよ」
私の言葉に、ゆたかくんの頭がはねあがった。
目がいやだと訴えていたが、無視をして続ける。
「金額を考えても、内緒にしておける話じゃないでしょう。
 それに、アパートの保証人だって親なんじゃないの?
 それだけ滞納してれば、連絡がいくのも時間の問題でしょう」
それに、と続けかけて、自分の妄想に背筋が冷えた。
「トムはどうしてるの。
 ちゃんと、元気にしてるでしょうね?」

トムは、ちょうど3年前の夏にゆたかくんが拾った子猫だ。
当時ペット不可のアパートに住んでいたゆたかくんは、拾ったトムを飼いたくて今のペット可のアパートに引っ越した。
その引っ越しの間の2か月間、うちで面倒を見ていたのでトムのことは私もよく知っている。
この3年間、ゆたかくんの手元にはトムがいたはずだ。
ずっと。
こんな。
借金まみれの中に。

「元気だよ」
慌てたようにゆたかくんが答えた。
さすがに何を疑われたのかはわかったらしい。
「ご飯もトイレもやってる。
 トムも元気にしてる」
自分の生活がこれだけ崩壊してるのに猫の生活がきちんとできているはずがないだろう。
ゆたかくんの言葉は、内容とは裏腹に私に少しの安心も与えなかった。
近いうちに引き取ろう。
心の中で決意した。

煮詰まり始めた話を前に、私は携帯電話を手に取った。
「これからお父さんとお母さんに電話をする。
 そして、今あなたが話した全てを伝える。
 そしたら、明日か明後日、できるだけ早いうちに家族会議をしたいと思う」
ゆたかくんがうつむく。
「こうなってしまった以上、私は洗いざらい調べる。
 嘘をついてても、必ずわかる。
 まだあるなら、全部今自分で言った方がいいと思う。
 もう隠してることはない?」
ゆたかくんがうなずく。
それを見て、ゆっくりとボタンを押した。

いつも笑顔なうちの母は、その時もご機嫌で電話に出た。
ほんわか、のんびり、ドジも多いけどなんにでも一生懸命。
母は、はなとは正反対の人だ。
はあい、はなちゃん晩御飯食べた?と、言葉に音符がのっていそうな声色も普段と何も変わらない。
これからこの声が曇っていくのを聞くんだなと思った。

ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。第4話。

ゆたかくんが本当のことを言っていると仮定して、現段階で総額500万弱。
どれもこれも返せない今は、そのすべてがれっきとした借金だ。
追い込まれてるはずのゆたかくんには、借金してる人独特の高揚感が見て取れた。
もうどん底で、つらくて、苦しいはずなのに、どこか地に足のついてないあの感じ。
数100万という額が大きすぎて、1万円がはした金に見えるあの非現実感。

今唯一携帯で確認をとれる楽天カードの残高は、ゆたかくんの言った通り100万を少し切る額だった。
本人が覚え間違いさえしていなければ、借金のあらましに大きな嘘はないだろう。
金額に関してはもう一度きちんと照会する必要はあるだろうけど、少なくともこの額が大きく減ることはないと思われた。
ちらりと見た、楽天カードの今月の返済分は9万円だった。
家賃がどうのこうのというレベルの話じゃないのは明らかだった。

「これ、どうやって返してくつもりなの?」
「・・・どうにかする」
「あんたのどうにかは人から借りて間に合わせることなの?」
「・・・」

ゆたかくんの頭の中には、ふわふわとした曖昧なものしか入っていないようだった。
何を聞いても、「なんとか」「どうにか」「頑張って」そんな言葉が返ってくる。
私がわかっているだけで、
 数か月滞納した家賃
 カード支払い9万円
 車のローン
 サラ金のローン
 滞納分含む水道電気ガス代
 生活費
大きな支払いがこれだけある。
これだけのものを20万の給料で「なんとか」できるなら、カリスマ主婦にだってなれる。
そもそも、その技術があるならこれだけの借金なんてしないだろう。

聞きたいことは山ほどあった。
問い詰めたいことも溢れていた。
でも、目の前の男は自分から何かを話そうとはしなかった。
まるで被害者のようにうなだれながら、私に何か聞かれるのを待っていた。
こんな状況になっても、自分が何かしなきゃいけないとは思わないんだなと思った。
ひたすらおびえたように困っていれば誰かが何とかしてくれると、それをずっと待っていればいいと、そうやって思考の下の本能に近い部分で思っているんだなと思った。
そういう態度で自分の失敗をやり過ごそうとする自分の弟を、私は静かに軽蔑していた。

「車と家賃はともかく。
 これだけのお金、何に使ったの?
 いつからこんなに借金があるの?
 黙ってるけど、あなたは説明しなきゃいけないことがたくさんあるんじゃないの?」
この後どうするか、頭の中で何パターンも選択肢をあげながら、情報収集を続ける。
ここで放り投げたところで、自分の家族の程度はよくわかっている。
きっと私は、家族がゆたかくんから引き出した情報を信じない。

ゆたかくんは言いにくそうに「パチンコで使った」と言った。
沖ドキというスロットにはまったらしい。
買ったらもっとと思いまた行って、負けたら取り返さなきゃとまた行ったそうだ。
さらに突っ込んで聞けば、大好きな洋服や靴も買ったと。
1着数万もする服や靴をクレカ払いでインターネットサイトから購入していたらしい。
さらに突っ込んで聞けば、自炊もせず毎日コンビニと外食だったと。
コンビニで朝食1000円分、昼は会社の弁当で、夜は毎日同じ家系ラーメン店で大盛ラーメンに好きなトッピングをのせ食べていたらしい。
さらによく見れば、手には新しいアップル社のスマートフォン。
10万以上する端末をローンで買い、毎月GB数が足りなくて追加課金もしていたらしい。
そして大好きな野球ゲームアプリでは、月に数回5000円や10000円単位の課金をしていたそうだ。

こんな使い方をしていたら、手取り20万の一人暮らしが借金まみれになるのも当然だろう。
むしろ、よくここまでもったと思う。
溜息を我慢しながら「他には?」と問うと、こちらを見ずゆたかくんが答えた。
「・・・風俗にも、行ってた」
頭の中でゆっくりと自己破産の文字が揺らいで消えた。

ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。第3話。

話しをまとめるとこういうことだ。
借金というのは、「お金を借りる」と書く。
サラ金や友人は、借金を申し込み、お金を借りて、必要ならば借用書も書いたので借金。
でもそれ以外、例えばクレジットカードや家賃の滞納は、払わなければいけないものを払ってないだけだから借金ではない。
「お金そのものを借りたかどうか」
つまり、ゆたかくんに言わせれば、ローンでさえ借金ではないわけだ。

頭が悪いとは知っていたけど、これほどとは思わなかった。
目の前で申し訳なさそうに185cm100kgの体を縮こませているゆたかくんを見下ろす。
握りしめた手のひらがしびれるように波打っていた。
「・・・クレカ、滞納、ローン、全部借金だよ。
 何かどれだけあるのか、全部話して」
ゆたかくんの言う借金の総額だけで、134万強。
ゆたかくんが借金じゃないと言い張ろうが、クレカも滞納もローンも借金だ。
借金だと思わず使っていたなら、バカみたいな使い方をした可能性は高い。
総額は、まだまだ増える。
はなの頭の片隅ではもう、債務整理や自己破産の文字も浮かび始めていた。

怒りで静かになるはなとは対照的に、目の前のゆたかくんは激しく動揺していた。
もともとうちに来た時から落ち着かないそぶりを見せていたのが、声がどもりだし、瞬きが止まらなくなり、汗が吹き出し、目は泳ぎ、初夏の夕涼みにひとり真っ赤な顔をしていた。
それでも、もういいよと言ってやるわけにはいかない。
今必要なのは、正しい現状把握。
説教や詰問や詳細はまだ後だ。
冷静になれと、何度も自分に言い聞かせた。

「クレジットカードは、キャッシングと買い物で、100万くらい」
楽天カードを、限度額いっぱい使っていると言った。
「滞納してるのは、家賃が3か月分。
 水道代と電気代とガス代は、もういくらかわからない」
聞けば、ガスはもう止まっているらしい。
自炊もできなくなれば、出費がかさんでいくのも早かっただろう。
総額は、ざっくり20万強くらいだろうか。
「車のローンが、200万」
今年の頭に新車を残価型クレジットで購入したそうだ。
その頃にはすでにかなりの借金があったはずなのに、ローンは借金じゃないと思ったらしい。

これで、合計は454万強。
概算の時点でこの額ということは、たぶん現実はもう少しある。
さっき聞いたゆたかくんの年収は、手取りで300万。
まともに返していたんじゃ、たぶん返し終わるのは無理だろう。

「・・・あと、お母さんにも20万借りてる」
474万強!
何やってんだあのバカ親は!

ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。第2話。

「あなた、借金あるんじゃないの」
直球で尋ねたはなの言葉に、ゆたかくんは一瞬のためらいを見せた後
「うん、ある」
あっさりとうなずいた。

正直、はなは帰りに寄っていいかという電話があった時点で借金絡みを疑っていた。
理由はない。
ただピンときただけだ。
そしてゆたかくんも、あの時は背に腹は代えられなくてお金を借りには来たけれど、きっとばれるだろうとどこか覚悟にも近い気持ちを持っていたと言っていた。
きっと運命の限界点だったんだと思う。
でも、
「借金、いくらあるの?」
そこが問題だった。

今日ゆたかくんが口にした金額は15万だが、そんな金額が総額のはずがない。
そんな程度の金額で、ほぼ連絡の途絶えていたはなのところまでくるもんか。
それなら、よっぽど親しくしていた親や下の弟の方にいくだろう。
もしかして、もうそちらにも行った後か?
はなが知らされてないだけか?
だとしたらどいつもこいつも最悪だ。

顔をゆがめていたゆたかくんが、目をぱちぱちさせながらゆっくりと口を開く。
「金額は、正確にはわからない。
 100万を、こえるくらいだと思う」
・・・あほか。
ゆたかくんが顔をあげた。
心の中で毒づいたつもりが、口からも出ていたようだ。

借入先は、アコムだと言う。
つい最近までアイフル他にもあったけれど、アコムでおまとめローンが通りまとめたらしい。
何度も噛みながら何度もつかえながら、ゆたかくんは話を終えた。
止まらないまばたきは、自分の意志でしているわけではなさそうだ。
顔をしかめるのも、言葉がどもってしまうのも同じらしい。
はなの知っているゆたかくんにはなかった症状が、いくつも出ていた。

100万強。
言われた金額をかみしめる。
思ってたより少ない。
安堵と同時に、疑問が浮かぶ。

本当にそれで全部か?

「アコムはわかった。
 サラ金はおまとめしたから他ではもう借りてないってことね。
 じゃあ、サラ金以外は?」
顔をしかめたりまばたきしたりと忙しかったゆたかくんの表情が止まる。
「・・・会社を辞めた先輩に、借りてる。
 金額は、30万」
脳内電卓に30万追加する。
心のメモ帳にはたわけと記入。
「他には?」
「・・・友達に、4万」
4万追加。
スカポンタン追記。
「他には?」
「・・・もう、ないと思う」
合計134万強。
まあなんてご立派な借金額。
それでもまだ返せない金額じゃなかったことにほっとした。

でも、そこでようやくずっと感じていた違和感の正体に気づいた。
一般的な大人なら、最初にお金を借りるのはサラ金でも友達でもない。
少なくとも、はなは違う。
まずは親。
そうじゃないならクレジットカードだ。

「ねえ、クレカは使ってなかったの?」
ゆたかくんが小さく驚いたのがわかった。
目の前の相手は35才の一般男性だ。
クレジットカードくらい持っているのが普通だろう。
「クレジットカード。
 これだけ借金してて、クレカは使ってなかったの?」
ゆたかくんの顔がさらにゆがむ。
意味が分からない。
今更何を迷うことがある?
クレカの借金には隠したい理由でもあるんだろうか。
うながすようにじっとゆたかくんを見つめると、恐る恐るゆたかくんが口を開いた。
「だって、

 クレジットカードは借金じゃないでしょう?」

ぶっ倒れるかと思った。


ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。

うちには今、弟が居候している。
はなの上の弟、ゆたかくん。
けして頭はよくないけれど気は優しくて力持ち。

だとみんなが思っていた男。

彼は、嫌なことから逃げやりたいことだけやり続けた結果、自分で自分の人生をぶっ壊して人に寄りかからなきゃまともに生きていくことさえできなくなった。
今は、債務整理と慰謝料返済を抱えて、生活をはなに経済をまーちゃんに助けてもらいながら、ブラック企業で頑張る毎日を送っている。

全ては、2016年の6月。
仕事終わりにやってきたゆたかくんに、
「お金を貸してほしい」
と頼まれたことが始まりだった。

少し前に仕事が2か月休みになって、その分の給料がでなかった。
だからそこで払えなかった家賃を滞納している。
15万貸してほしい。
それだけの話を、まわりくどく何周もしながら彼は語った。
その声は何度もどもり、その目は何度も空をさまよった。
そんなに暑い日ではなかったけれど、額の汗は流れ続けた。
嘘が下手過ぎた。

私は、話を聞いている間、変わり果てた弟の姿をじっと見ていた。
仕事帰りだということを加味しても、ゆたかくんの姿はひどかった。
何か月髪を切っていないのか、ぼさぼさに伸びた髪は上下左右に好き勝手に広がっていた。
ひげはまだらに伸びて、鼻毛は何本も飛び出して、作業服は仕事の汚れ以上に薄汚れていた。
数年前に見かけた時は細身だった体は、ゆうに100kgクラスにレベルアップ。
飛び出たお腹がベルトの上に乗っかっていた。
爪は真っ黒で激しく伸びたまま。
酒でも飲んでいるかのように顔は赤く、目は血走ってうるんでいた。
汗だけではないにおいを感じたのも、気のせいではなかったと思う。

はなが実家を出て約20年。
けして仲のいい姉弟ではなかったはなとゆたかくん。
ミドリちゃんを通して、何をしているのかという情報くらいは得ていたけれど、会うことも連絡することも会いたいと思うこともなく。
たぶんこのままこんな距離感で生きていくんだと思っていた。
それでよかった。
それを希望していた。
関わりたくなんてなかった。

「家賃は月いくらなの?」
はなが問う。
「5万円です」
ゆたかくんが答える。
「2か月分だよね?」
はなが問う。
「そうです」
ゆたかくんが答える。
「なら10万だよね。
 差額の5万円は何?」
はながさらに問う。
「・・・」
うつむくゆたかくん。

でも、こんな嘘に騙されてやるわけにはいかないんだよ。

なんでこんな嘘で金が引き出せると思ったんだろう。
なんでこんな嘘でさえきちんとつかないんだろう。
なんでこんな嘘で私を騙せると思ったんだろう。

私はこの日、実の弟に殺意さえ垣間見た。
そんな始まりの日の始まりのエピソード。

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