「あのね、話があるの」
声だけでにこにこしているのがわかる母を遮って、いつもよりトーンの低い声で話した。
何かを意識したわけじゃなかったけれど、いつもどおりの声は出なかった。
「こみいった話だから、お父さんにかわってくれる?」
わかったと母が受話器から離れる気配に、少しほっとした。
さっきは本気で腹が立ったのにな、と自分のいい加減さに苦笑した。

はい変わりましたと、のんびりした父の声が耳に入る。
たぶん、夕食も終わってゆっくりお茶でも飲んでいたんだと思う。
今日という一日がこんな結末で終わるとは思ってもいないだろう。
極力感情が入らないよう、事務的に話を切り出した。
「今日、ゆたかくんが私にお金を借りに来た。
 金額は15万。
 名目は家賃。
 でも、話のつじつまが合わないから突っ込んで聞いたら、サラ金、クレカ、友達、ローンで、総額500万近い借金があるらしい」
ゆっくりとした声で、そうか、と返す声が聞こえた。
「それに、お母さんもお金を貸してるはず。
 金額は20万。
 時期は今年の春。
 お父さんは知ってる?」
いや知らない、と小さな声が呟いた。
やっぱりかと思いながら、こういうとき父親は何を思うんだろうなと思った。
「もう個人でどうにかできるレベルじゃない。
 少なくともゆたかくんでは返せない。
 どうするのか、一度話し合うべきだ思う。
 明日、実家で家族会議をしたいんだけどどうかな」
わかった、と父が答えた。
電話の向こうには下の弟もいたらしく、その場で時間を調整して、明日仕事終わりに父母、はな夫婦、ゆたかくんに、はなとゆたかくんの下の弟全員で実家に集まることになった。
母に電話をかわってもらい、あなたが勝手にゆたかくんにお金を貸したことを話したことを伝え、自分のしたことを自分の口できちんと父に話すよう言った。
全ては明日改めて相談することになった。

衝撃過ぎたのか、両親とも驚いたリアクションさえ存在しなかった。
そりゃそうだろう。
田舎の出身の両親は、口でこそ平等だというけど根っこの部分は長男教。
自分たちの人生の最後は、このゆたかくんに見てもらうつもりだったはずだ。
私が感じた感情は怒りだったけど、この人たちは明らかに落胆した。
それだけ期待があったということだ。
目の前では、うつむいたゆたかくんの額に汗が浮かんでいた。
自分の欲で500万近い借金を使い切った男。
その後始末さえひとりでできずに人に迷惑をかける男。
こういう時に全てを受け入れて「頑張ろう」と言える人は強いな、と思った。

もうお金もほとんど持ってないゆたかくんに食事をとらせ、明日仕事が終わり次第またうちに来るようにと告げた。
わかりましたと返事したゆたかくんは、ぴかぴかの新車に乗り込んで帰っていった。
全てが始まった一日が、ようやく終わった。