ネガティブ論

躁うつ病はなの頭の中を綴る日記ブログ。 ねこもりブログから来た方は、その落差に要注意。

2018年02月

酔った勢いで知り合った爺にマルチに誘われた話。

この間、飲み屋でおじいちゃんと知り合った。
らしい。
残念ながら、酔っぱらってたはなにその記憶は全くない。
1週間後に、あの時のーと電話がかかってきて知った。
お茶しないかと言われ、まさか酔っててあなたが誰かも覚えてませんとは言えず。
のこのこ喫茶店まで出向いた。
そして、顔を見てなんとなく見たことあるようなないようなないような気はしたが、それっぽく話をつないで上記の情報をゲットしたころ、

マルチ商法に誘われた。

コーヒー吹いたを実践するとこだった。
「これは信頼できる人にしか話してないことなんだけど」って、お前と会うの2度目だよ。
むしろ1度目を覚えてないよ。
「俺はお金が目的じゃないんだ」とか絶対嘘だろ。

おじいちゃんは語る。
俺はなんちゃらかんちゃらの会員で、他の人より生活品が安く買えるからそれをみんなに安く分けてあげたいんだそうだ。
それで、みんなが自らもそれができるようになれば幸せなんだそうだ。
そのためには、みんながそれぞれグループを作って会員になっていくことが必要なんだそうだ。
会員になると、何百という福利厚生が使えるようになってお得なんだそうだ。
そして、その会員になるには2000円だか3000円だかの月会費がかかるんだそうだ。

どこがマルチじゃねえんだよっていうね。

まあ、福利厚生を売りにしてるマルチといえばピンとくる人は来るだろうけどそこは伏せておく。
別にはなはマルチを否定はせんし。
けど、少なくともマルチだとわかっててやってるなら何も言わないけど、マルチを「マルチじゃない!」と言い張る人はお話にならんと思っております。

控えめに、だけど明確に「やらない」というはなに、おじいちゃんはヒートアップ。
お米が安く買えるよ。
日用品が安く買えるよ。
たくさんの福利厚生が使えるよ。
こんなにメリット一杯なのに、どうしてやらないの。
爺、本気で不思議顔。
はな、本気で帰りたい。

挙句、会員にならなくてもいいから安く日用品を買う会にだけ入らないかというから、何をするのか聞いてみたら、ネットで買い物するんだそうで。
うん、そっかそっか。
ネット安いもんね。
みんなでわざわざ集まってインターネッツでお買い物♪
って、

なら自分でやるわ。

そしたら「自分はできるからって!」と叱咤。
「老人はできない人もいるんだ」って、じゃあできるはなは問題なくね?
はなは何を責められてるんだろうね。
もう意味が分からない。

爺は再び語る。
その会員の月会費も、グループの人数を集めればペイできる。
そしたらタダで福利厚生が使えることになる。
ついでに自分の懐にも入ってくる。
自分にこれを教えてくれた人は年収1000万だ。
自分もそこを目指してる。
リーマンショックで信用2階建て吹っ飛ばして、今裕福な老後じゃないからお金が欲しい。

結局金じゃねえかよ…。

引きこもりで友達がひとりもいないから無理だと言ったら、引き下がってくれました。
コーヒー代は割り勘でした。
この2時間なんだったんだろう。

躁状態はこんな感じです。

躁鬱病と言われて、いちばん解釈に困るのが「躁状態」だと思う。
実際、はなもいまだに謎のままわかってない部分も多い。
実は躁こそ躁鬱病の人の数だけ答えがあると思っているので、今回はいわゆる一般論とはなのケースだけお話ししようと思う。

最初に病院で言われたのは、躁鬱病というのは本人が苦痛やしんどさを感じていないならあえて治療する必要性はない病気だ、という話だった。
その肝となる躁状態は、ノリノリで仕事がはかどるとか、すらすら作品が出来上がるとか、いわゆる本人の持つ能力が限界超えて覚醒しちゃっていて、普段よりも出来のいい状態に突入してることも少なくない。
その躁状態を、メリットとしてうまく使えてるなら、放置でも全然かまわないんだそうだ。
なんて適当な判断基準。

でも、これにははなも心当たりがある。
自分が躁鬱病だと診断される前、はなは自分がおそろしくムラのあるタイプだと思っていた。
ノリノリの時は、何日も徹夜してものすごい集中力を発揮していくつものことを同時進行しながらやり遂げることができるのに、ダメダメな時は、とても簡単な作業ひとつ終わらせることができない。
難しい参考書や解説書を一晩で何冊も読み解ける日があるかと思えば、ドラえもん1冊読めない日もある。
今思えば、前者が躁で後者が鬱の状態(厳密には軽鬱)なわけだが、その当時はわからなかった。

じゃあ、別に躁状態を治療する必要はないと思うかもしれないが、上がったものは落ちる。
躁が来た後には鬱が来るのだ。
それも、高くあがった躁ほど、深く落ちる鬱へ続く。
だから、躁鬱病の治療というのは、躁状態をあまり高くあげないようにすることで気分の振り幅を狭くしようと、ひどい鬱が来ないようにしようということが主軸になっている。

正直、人生に躁状態しかなかったらはなはきっと治療なんてしなかったと思う。
躁状態は、能力の覚醒の他、精神面でも大きな自信を発生させる。
「私はすごい。」
「私はできる。」
「そんな私をみんな大好きなはずだ。」
「世界の中心は私だ!」
この思考を大真面目に思うようになる。
いわゆる「万能感」。
ポイントは、そんな気がするだけで現実がそうであるとは限らないこと。
何でもできて、何でも分かってる気になる状態。
ピークの時なんて、出来ないことなんて何もないような感覚さえやってくる。
そこに浸かりきってる間はとても幸せで満足してて気力に満ち溢れる。
でも、上がれば落ちる躁鬱は、いつかこの状態が夢から覚める。
そして、夢を見てる間にした自分の行動を、今度は、
「私なんて必要ない」
「生きててすいません。」
「生まれてきてすいません」
という精神状態で受け止めなければいけなくなるわけだ。
言うなれば、大人しく生きてきた女の子が酒に飲まれて大暴れした次の日だ。
うん、酒飲みのたとえは酒ばかり。

考えてみてほしい。
誰もが1度はあると思う。
酒飲んででも、調子こいててでも、なんかやけに浮かれててでもかまわない。
なんでそんなことしちゃったんだろうと後悔した経験。
はなは、それが人生単位。
その時は必要だと思った散財。
その時は出来ると思った大法螺。
その時はこの私にたてつくなんてと思った逆切れ。
黒歴史はもう飲み込み切れないほどある。
ちょっとこっぱずかしいレベルから、口に出したら終わる話まで、上から下までよりどりみどり。
切れてしまった縁も、切ってしまった縁も、数えきれないほど。
躁状態にさえ入らなければそんな行動しなかったとは思うけれど、相手にはそんなこと関係ない。
自分の中にふたつの性格がまるで交わることなくあるような感覚。
そして、そのどちらも反対側からでは制御ができない、そんな感じ。

だから、はなは治療をすることを選んだ。
躁の万能感より、鬱の後悔を迷惑を減らしたい。
普通であることに憧れる。
躁鬱病って、はなにとってはそういう病気。






はなの鬱ってこんなんです。

冬になると、調子の悪い日が続くのは仕様らしい。
先生にそう言われた。
そして、言われた通り調子が悪い日が続いている。

はなの鬱は、突然どうしようもない絶望が背中に降ってくる。
何かあったわけでもなく、これから何があるでもなく。
ただ唐突に真っ暗な気分と絶望が幕を開ける。

何にも理由なんてないから、当然どうにかすることなんて不可能。
言うなれば、失恋なんてしてもないのに失恋のあの気分だけやってきた、みたいな感じ。
うん、最悪。
トキメク相手のいない失恋とかいいとこゼロ。
踏ん張れる気全くしねえ。
もしそれが、本当に失恋したんだったら、思い切り泣いてみたり酒飲んだりヤケ食いしてみたり酒飲んだりフテ寝してみたり酒飲んだり友達とカラオケ騒いだり浴びるほど酒飲んだり。
その時出来る目一杯のやり方で失恋の傷をいやすこともできるかもしれない。
(ほぼお酒押しですが、投薬中の方はお酒ダメ絶対)
でも、はなに来る絶望には理由がない。
何か悲しいことがあったわけじゃなく、何かトラブルがあったわけでもない。
人生トラブルばっかだけど、そういう時に限って何にもない。
だから、解決させる方向性が見えないまま、ただただその中をもがく日々がスタートする。
とりあえず、意味は分からない。

負の感情ってのは、本当に人を消耗させる。
生きててごめんなさいとか。
自分みたいなもんがとか。
過去の黒歴史をやたらと思い出して生まれてきてすいませんとか。
日頃ギャグでしか言わないようなフレーズが真面目にのしかかってくるのは恐怖だ。
感情がオーバーヒートぶっこいてて、夕日見ただけで涙が出る。
30いくつにもなって全力センチメンタルジャーニーだ。

はなは、そうなると寝まくりの日々を過ごす。
というか、それしかできなくなる。
めちゃくちゃ眠れる過眠の時は放置で、眠れない時は薬に頼る。
すると、どこかでふっと絶望が楽になる時が来る。
それを待つ。
消極的だけど、解決策はこれしかない。

これが結構真面目につらい。
人によっては、生きてることさえつらい。
本気で、全て滅べばいいのにとか思う。
鬱病の人の鬱はこれとはまた少し違うみたいだし、躁鬱病でも人によっていろんなパターンはあるみたいだけど、はなはだいたいこんな感じ。

はなは、どちらかというと鬱は軽い方だと思う。
過眠過食に行くタイプだから痩せ衰えてもいかないし、何もできないほどの大底状態はおおむね数日で通り過ぎてゆるい鬱がちょっと続く。
だから、ひたすら寝ることでなんとかやりすごせる。
そのかわり、躁はけっこう激しい。
どっちがマシかはわからないけど、出来るならどっちも嫌だと思う。
薬のおかげで程度や頻度は楽にはなったけど、ゼロになるのは高望みみたいだ。

春になったら、もう少しマシになることを願って、今日も布団におやすみなさい。




躁鬱病ブログ始めました。

ブログを開設しようと準備してきて、いざ書こうと思った日に調子が悪い。
まさに、そんな病気の躁うつ病。
はなはどうやらその病気らしい。

30過ぎたころ。
何をどうやっても眠れなくなって、友人の勧めで精神科に行った。
行った頃には、うまく眠れなくなって1週間くらいたっていたと思う。
「寝れない」と話して、状況も話して、なんかいろいろ話してたら、「躁うつ病の治療をしてみないか」と言われた。
それで、半信半疑で薬を飲んで、わずか数週間で世界が開けて、今に至る。
そんな感じ。
はなチョロい。

今は、ジェネリックのリチオマールを日に1200mg。
200mg×3個を2回。
これ以上は増やしたくないとは先生談。
なので。
鬱が強いときにはクエチアピンを。
躁が強いときにはエビリファイを臨時で飲むように処方されている。

正直なところ、躁うつ病という自覚は薄い。
生まれてこのかたずっと、人間てみんなこんなもんなんだと思って生きてきたら、自分だけ少しハードモードだったという事実を知った、みたいな感じ。
薬が効いてきた瞬間の世界の晴れやかさには、正直吹っ飛んだ。
だから、躁うつ病という病名にこだわりはないけれど、薬は欲しいからお利口に通院してます。
病院は、なかなかファンキーなところです。

薬を飲んで一番変わったのは、腹が立たなくなったこと。
大真面目にこの世界は全て敵だとピリついていた感覚が消え、普通の状態が穏やかになった。
旦那まーちゃんとの夫婦喧嘩は100回が2回くらいに超激減。
まーちゃんにはほんと朗報だったと思われる。

そんなはなの頭の中を吐き出すことが目的のこのブログ。
主に猫が絡まない自由日記。
わざわざ人に見られる場所に書くのはもはやはなの癖だと思う。
ねこもりから来た方、夢を壊されたくない方は回れ右。
ゲテモノ好きの暇な大人だけ、自己責任でどうぞ。





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