ネガティブ論

躁うつ病はなの頭の中を綴る日記ブログ。 ねこもりブログから来た方は、その落差に要注意。

2018年06月

ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。第5話。

贅沢な生活。
必要ない買い物。
過ぎた娯楽。
ギャンブル。
そして風俗。

表情を変えないよう、顔に力を入れた。
怒りなのか、苛立ちなのか、悲しみなのか、軽蔑なのか。
湧き上がっている衝動が何なのか、自分でもわからなくなっていた。
ゆたかくんはこの春で35歳になったはずだ。
なのに、なんだこの頼りなさは。
彼は、聞かれなければずっと黙ったまま自分から何も話そうとはしない。
この借金も、今お金を借りに来たことも、私に放り投げたままただ黙って次の指示を待っている。

「お父さんとお母さんに、話すよ」
私の言葉に、ゆたかくんの頭がはねあがった。
目がいやだと訴えていたが、無視をして続ける。
「金額を考えても、内緒にしておける話じゃないでしょう。
 それに、アパートの保証人だって親なんじゃないの?
 それだけ滞納してれば、連絡がいくのも時間の問題でしょう」
それに、と続けかけて、自分の妄想に背筋が冷えた。
「トムはどうしてるの。
 ちゃんと、元気にしてるでしょうね?」

トムは、ちょうど3年前の夏にゆたかくんが拾った子猫だ。
当時ペット不可のアパートに住んでいたゆたかくんは、拾ったトムを飼いたくて今のペット可のアパートに引っ越した。
その引っ越しの間の2か月間、うちで面倒を見ていたのでトムのことは私もよく知っている。
この3年間、ゆたかくんの手元にはトムがいたはずだ。
ずっと。
こんな。
借金まみれの中に。

「元気だよ」
慌てたようにゆたかくんが答えた。
さすがに何を疑われたのかはわかったらしい。
「ご飯もトイレもやってる。
 トムも元気にしてる」
自分の生活がこれだけ崩壊してるのに猫の生活がきちんとできているはずがないだろう。
ゆたかくんの言葉は、内容とは裏腹に私に少しの安心も与えなかった。
近いうちに引き取ろう。
心の中で決意した。

煮詰まり始めた話を前に、私は携帯電話を手に取った。
「これからお父さんとお母さんに電話をする。
 そして、今あなたが話した全てを伝える。
 そしたら、明日か明後日、できるだけ早いうちに家族会議をしたいと思う」
ゆたかくんがうつむく。
「こうなってしまった以上、私は洗いざらい調べる。
 嘘をついてても、必ずわかる。
 まだあるなら、全部今自分で言った方がいいと思う。
 もう隠してることはない?」
ゆたかくんがうなずく。
それを見て、ゆっくりとボタンを押した。

いつも笑顔なうちの母は、その時もご機嫌で電話に出た。
ほんわか、のんびり、ドジも多いけどなんにでも一生懸命。
母は、はなとは正反対の人だ。
はあい、はなちゃん晩御飯食べた?と、言葉に音符がのっていそうな声色も普段と何も変わらない。
これからこの声が曇っていくのを聞くんだなと思った。

ある日35才になる弟がお金を貸してほしいと言ってきた。第4話。

ゆたかくんが本当のことを言っていると仮定して、現段階で総額500万弱。
どれもこれも返せない今は、そのすべてがれっきとした借金だ。
追い込まれてるはずのゆたかくんには、借金してる人独特の高揚感が見て取れた。
もうどん底で、つらくて、苦しいはずなのに、どこか地に足のついてないあの感じ。
数100万という額が大きすぎて、1万円がはした金に見えるあの非現実感。

今唯一携帯で確認をとれる楽天カードの残高は、ゆたかくんの言った通り100万を少し切る額だった。
本人が覚え間違いさえしていなければ、借金のあらましに大きな嘘はないだろう。
金額に関してはもう一度きちんと照会する必要はあるだろうけど、少なくともこの額が大きく減ることはないと思われた。
ちらりと見た、楽天カードの今月の返済分は9万円だった。
家賃がどうのこうのというレベルの話じゃないのは明らかだった。

「これ、どうやって返してくつもりなの?」
「・・・どうにかする」
「あんたのどうにかは人から借りて間に合わせることなの?」
「・・・」

ゆたかくんの頭の中には、ふわふわとした曖昧なものしか入っていないようだった。
何を聞いても、「なんとか」「どうにか」「頑張って」そんな言葉が返ってくる。
私がわかっているだけで、
 数か月滞納した家賃
 カード支払い9万円
 車のローン
 サラ金のローン
 滞納分含む水道電気ガス代
 生活費
大きな支払いがこれだけある。
これだけのものを20万の給料で「なんとか」できるなら、カリスマ主婦にだってなれる。
そもそも、その技術があるならこれだけの借金なんてしないだろう。

聞きたいことは山ほどあった。
問い詰めたいことも溢れていた。
でも、目の前の男は自分から何かを話そうとはしなかった。
まるで被害者のようにうなだれながら、私に何か聞かれるのを待っていた。
こんな状況になっても、自分が何かしなきゃいけないとは思わないんだなと思った。
ひたすらおびえたように困っていれば誰かが何とかしてくれると、それをずっと待っていればいいと、そうやって思考の下の本能に近い部分で思っているんだなと思った。
そういう態度で自分の失敗をやり過ごそうとする自分の弟を、私は静かに軽蔑していた。

「車と家賃はともかく。
 これだけのお金、何に使ったの?
 いつからこんなに借金があるの?
 黙ってるけど、あなたは説明しなきゃいけないことがたくさんあるんじゃないの?」
この後どうするか、頭の中で何パターンも選択肢をあげながら、情報収集を続ける。
ここで放り投げたところで、自分の家族の程度はよくわかっている。
きっと私は、家族がゆたかくんから引き出した情報を信じない。

ゆたかくんは言いにくそうに「パチンコで使った」と言った。
沖ドキというスロットにはまったらしい。
買ったらもっとと思いまた行って、負けたら取り返さなきゃとまた行ったそうだ。
さらに突っ込んで聞けば、大好きな洋服や靴も買ったと。
1着数万もする服や靴をクレカ払いでインターネットサイトから購入していたらしい。
さらに突っ込んで聞けば、自炊もせず毎日コンビニと外食だったと。
コンビニで朝食1000円分、昼は会社の弁当で、夜は毎日同じ家系ラーメン店で大盛ラーメンに好きなトッピングをのせ食べていたらしい。
さらによく見れば、手には新しいアップル社のスマートフォン。
10万以上する端末をローンで買い、毎月GB数が足りなくて追加課金もしていたらしい。
そして大好きな野球ゲームアプリでは、月に数回5000円や10000円単位の課金をしていたそうだ。

こんな使い方をしていたら、手取り20万の一人暮らしが借金まみれになるのも当然だろう。
むしろ、よくここまでもったと思う。
溜息を我慢しながら「他には?」と問うと、こちらを見ずゆたかくんが答えた。
「・・・風俗にも、行ってた」
頭の中でゆっくりと自己破産の文字が揺らいで消えた。

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