頭の中で、数少ないゆたかくんの思い出が切り張りしたコマのように浮かんでは消えた。

私とゆたかくんはその下にもうひとり弟がいる。
いわゆる1姫2太郎の3姉弟だ。
20歳で結婚した私にとっては、実家で弟たちと暮らした記憶はもう20年近くも前の話になる。
家族と私は、うまくいってるとはいいがたい関係だったと思う。
どこか似ている末の弟以外は、明確に価値観の違いを感じていた。

たぶん、私の親は一般的に見たら「いい親」「いい人」に入るのだろうと思う。
父は真面目な公務員。
母は笑顔の絶えないパート主婦。
多少貧乏だったことは否めないけれど、不自由することはなかったし、いろんなところへ連れて行ってもらったし、食事は全部手作りだった。
手も心も愛情もかけられてきた。
誠実。
まっすぐ。
一生懸命。
優しく、善良。
子供のころは、自慢の親だった。
でも、その裏には人を傷つける不器用さがあると気がついた。
融通の利かない父に腹をたてた。
その父に盲従する母が理解できなかった。
そんな家庭の長男であることにアイデンティティを頼るゆたかくんが気持ち悪かった。
私はこの家に合わなかった。

あれは私とゆたかくんが高校生の時だったか。
1度、ゆたかくんについて親に苦言を呈したことがある。
協調性がなく、悪い意味でマイペース。
いつまでたっても弟いじめがやめられなくて、加速する内弁慶外ねずみ。
食い意地が張っていて、人の分でも平気で食べてしまう意地汚さ。
言ってもやめない、年齢よりはるかに幼い精神年齢。
当然話をしても、聞き入れる器もない。
だが、どこかおかしくないかと告げる私の話を、母もまた聞く器を持たなかった。
男の子なんてこんなものだと、ばっさり切り捨てた。
その下に2つしか変わらない末弟がいるのに、その弟はゆたかくんよりはるかに大人びているのに、親の目にはそう映らない。
うちは、緩やかだけど根の深い長男教だったと思う。

別に派手なひいきがあったわけじゃない。
どちらかといえばゆたかくんは万事において不器用で、要領よく立ち回るのは私や末弟の方だった。
でも、何かの時にはこの「長男」であるゆたかくんに期待していたんだと思う。
いつか家に入るのも、いつか墓を継ぐのも、いつか親亡き後全てを取りまとめていくのも。
父は、ゆたかくんに任せる以外の選択肢を考えたことはないだろう。
そんなゆたかくんが、おかしいなんてことあるはずがない。
ゆたかくんの「長男」という肩書が、この人たちの目を曇らせたのかもしれない。

大人になるにつれ、子供はだんだんと親が完全な存在ではないとに気づく。
ひとりの人間として評価するようになる。
私もそうだった。
高校生という大人と子供のはざまの年齢から見る世界は今までとは少し違っていて、世界で一番頼もしいと思った父はなんだか理不尽で、誰よりも優しいと思っていた母はとても心が弱く見えた。
この人たちは見えている部分しか理解しないということを、そこでようやく理解した。
無条件で親を尊敬する気持ちをなくしたのは、たぶんこの頃だったと思う。