うちには今、弟が居候している。
はなの上の弟、ゆたかくん。
けして頭はよくないけれど気は優しくて力持ち。

だとみんなが思っていた男。

彼は、嫌なことから逃げやりたいことだけやり続けた結果、自分で自分の人生をぶっ壊して人に寄りかからなきゃまともに生きていくことさえできなくなった。
今は、債務整理と慰謝料返済を抱えて、生活をはなに経済をまーちゃんに助けてもらいながら、ブラック企業で頑張る毎日を送っている。

全ては、2016年の6月。
仕事終わりにやってきたゆたかくんに、
「お金を貸してほしい」
と頼まれたことが始まりだった。

少し前に仕事が2か月休みになって、その分の給料がでなかった。
だからそこで払えなかった家賃を滞納している。
15万貸してほしい。
それだけの話を、まわりくどく何周もしながら彼は語った。
その声は何度もどもり、その目は何度も空をさまよった。
そんなに暑い日ではなかったけれど、額の汗は流れ続けた。
嘘が下手過ぎた。

私は、話を聞いている間、変わり果てた弟の姿をじっと見ていた。
仕事帰りだということを加味しても、ゆたかくんの姿はひどかった。
何か月髪を切っていないのか、ぼさぼさに伸びた髪は上下左右に好き勝手に広がっていた。
ひげはまだらに伸びて、鼻毛は何本も飛び出して、作業服は仕事の汚れ以上に薄汚れていた。
数年前に見かけた時は細身だった体は、ゆうに100kgクラスにレベルアップ。
飛び出たお腹がベルトの上に乗っかっていた。
爪は真っ黒で激しく伸びたまま。
酒でも飲んでいるかのように顔は赤く、目は血走ってうるんでいた。
汗だけではないにおいを感じたのも、気のせいではなかったと思う。

はなが実家を出て約20年。
けして仲のいい姉弟ではなかったはなとゆたかくん。
ミドリちゃんを通して、何をしているのかという情報くらいは得ていたけれど、会うことも連絡することも会いたいと思うこともなく。
たぶんこのままこんな距離感で生きていくんだと思っていた。
それでよかった。
それを希望していた。
関わりたくなんてなかった。

「家賃は月いくらなの?」
はなが問う。
「5万円です」
ゆたかくんが答える。
「2か月分だよね?」
はなが問う。
「そうです」
ゆたかくんが答える。
「なら10万だよね。
 差額の5万円は何?」
はながさらに問う。
「・・・」
うつむくゆたかくん。

でも、こんな嘘に騙されてやるわけにはいかないんだよ。

なんでこんな嘘で金が引き出せると思ったんだろう。
なんでこんな嘘でさえきちんとつかないんだろう。
なんでこんな嘘で私を騙せると思ったんだろう。

私はこの日、実の弟に殺意さえ垣間見た。
そんな始まりの日の始まりのエピソード。